読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新宿駅にて

f:id:paulsumisu:20170313003354j:plain

 

曇天であった。

 

厚い雲に覆われた空は、晴天とのコントラストを強く感じさせ、かつ暗い心情を表現するのによく引き合いに出される。音も「どん・てん」と発声時に重低音を響かせやすい構成だ。陰鬱な佇まいに溢れており、情緒を描写するときの一単語として機能面で優れている。先人の言語感覚はあなどれない。

 

さて、今日は所用があり新宿駅の東口に向かっていると、休日だからか隙間が見つからないくらい、多くの人が早足で行き交っていた。エネルギーの量が多いのに、灰色の空から降る同色の空気が腐った水飴のように、ねっとりと周囲にまとわりついている。そのせいか、人間の顔まで灰色がかっていた。

 

……ように、思えた。

 

 

 

じわり

 

 

 

交番前、ロータリーの中心に「ライオン広場」と呼ばれる、円形の土地がある。そこを横切ってJR改札口までの道のりを歩いている間、20代前半の男性が白い紙を胸の前に抱えて直立しているのが見えた。

 

大学生だろうか。メガネをかけて、オリーブグリーンのジャケットを着ている。イメージの中の男子大学生から出てきたような風貌だ。文字が読めるくらい近づくと、「困っています 誰か助けてください」と青い油性インクで書かれた文字を認識できた。数時間持ち続けているため手の平の湿気が伝わったのか、最初からなのか、画用紙にシワが寄っている。

 

僕は歩くスピードを落とさずに、彼の眼前を通り過ぎる。心理実験の一環か、趣味の悪いジョークか、それとも流行りのYouTuberが動画ネタとしてやっているのかもしれない。

 

声をかけて確かめれば良かっただろうか。本当に救いを求めていたら?いや、誰かがその役目を果たすだろう。はい、10メートル離れた、もう遅い。

 

 

 

ずるり

 

 

 

ルミネと一体になった新宿東口のビルに入り、階段を降りて改札までたどり着いた。改札機を挟んで、外国人の男女が何か話していた。男性が構外側で、女性が構内側だ。一目で何かしら困っている状況なのだな、と判別できる。

 

電車に乗りたいのか、それとも駅構外に出たいのかでより困っている立場が変わる。

 

僕は緑色の機械にSuicaをかざして、彼らの横を通り過ぎる。きっと、最終的には、駅員が対応するべきだ。僕には関係ない。

 

 

 

ぐしゅり

 

 

 

東口と西口をつなぐ、広い改札内の空間は、駅前より一層多くの人間で溢れかえっている。床に落ちたティッシュペーパーが目に止まった。蛍光灯の明かりで、紙の白さと誰かに踏まれて付いた汚れのコントラストが引き立っている。歩行者に蹴飛ばされたおかげで、雪の上に付けた足跡のように、等間隔に散らばっていた。

 

手を繋いだ2人の少女が正面から歩いてきて、ぶつかりそうになる。彼女らがおそろいで着ているジャケットは、原色がちらついて新宿ではよく目立つだろう。2人が繋いだ手の間に入ってしまい、一瞬、動きが止まる。半歩下がってお互いが横にそれたら、また前進し出す。声を発することは無い。

 

階段を上がりホームに立ち、電車を待つ。横一列に並ぶ大勢の一人であるワタクシ。車両が到着し、窓ガラスに顔が映る。アレッ、これは誰?

顔、人間の顔がある。「アイデンティティ」とは何でしたっけ。

 

ドアが開いて、車両に乗り込む。黒いキャップやら、あちらはピンクに、こちらは金色に染まった頭部やらが点在している。僕の目玉は、あるはずの位置におらず、天井に張り付いてそこに居る全員のつむじに視線を送っていた。蛍光灯の明かりに照らされて、彩度を下げた写真のような光景が縦長に広がっている。皆、首から「他人」と書かれたボードをぶら下げていた。

 

今日は、たまたま天気が悪いからこんな気分になるのだ。ひとときのセンチメンタリズムに、酔っているなんてバカバカしい、と、思い直す。大体、そういうときに、道行く他人のことがひどく愚鈍に見えたり、誰かが困っていそうな状況に敏感になったりするものだ。そんな自己陶酔のエモーションが、思春期のときに捨てられないなど、僕が最も気の毒である。

 

 

 

視線を落とすと、自分の首からも「他人」と書かれたボードが下がっていた。

 

 

 

新宿は、他人の集合体。

 

 


ベルが鳴って、電車が動き出した。